【共同研究成果】細胞内代謝産物がT細胞分化を制御する仕組みの解明~自己免疫疾患の新規治療薬候補を発見~(北海道大学及び本学医学部免疫?リウマチ内科学 神田真聡講師)  

2023年3月2日

北海道大学
新浪体育 

【ポイント】

 ?細胞内代謝産物であるイタコン酸がT細胞のバランス異常を是正することを発見。
 ?イタコン酸がT細胞内代謝経路や遺伝子発現に及ぼす幅広いメカニズムを解明。
 ?T細胞の異常が関与する多くの自己免疫疾患の新たな治療アプローチとして期待。
 

【概要】

  北海道大学新浪体育医学研究院の渥美達也教授、河野通仁助教、同大学新浪体育医学院博士課程の麻生邦之氏らの研究グループは、新浪体育医学部免疫?リウマチ内科学の神田真聡講師と共同で、細胞内代謝産物であるイタコン酸*1が、自己免疫疾患を引き起こすT細胞の偏った分化バランスを是正できることを発見し、そのメカニズムを解明しました。
 全身性エリテマトーデスや多発性硬化症などの自己免疫疾患*2では、本来は体を病原体から守るはずのヘルパーT細胞(Th細胞)の一つであるTh17細胞*3が過剰となり、免疫応答を抑制する制御性T細胞(Treg細胞)*4が減少し、T細胞のバランス異常が起きます。細胞内代謝には解糖系*5など複数の主要経路があり、その阻害によりT細胞の分化を制御できますが、その詳細なメカニズムは不明でした。
 研究グループはイタコン酸を補充することでTh17細胞の分化を抑制し、Treg細胞の分化を促進することを発見しました。イタコン酸を添加したTh17細胞やTreg細胞では解糖系が抑制されるだけでなく、代謝関連酵素を阻害することでエピジェネティクス*6に関わる主要な代謝産物を変動させていました。その結果、各T細胞の主要な遺伝子上での転写因子*7の結合が変化し、遺伝子発現ひいては細胞分化そのものを調整していると考えられました。さらに、自己免疫疾患モデルマウスにイタコン酸を投与すると、その疾患活動性を減弱することも分かりました。
 現在、自己免疫疾患の治療では、グルココルチコイド(ステロイド)が多く用いられていますが、感染症にかかりやすくなるなど副作用を伴います。イタコン酸は抗菌?抗ウイルス作用を有しており、今回解明したT細胞分化制御機構を応用して、感染症のリスクを高めない自己免疫疾患治療の実現に寄与できると考えています。
 なお本研究成果は、2023年2月27日(月)公開のNature Communications誌に掲載されました。
 
図1

イタコン酸によるT細胞分化制御機構。 T細胞内のイタコン酸濃度を上昇させると、MATやIDH1/2といった代謝関連酵素が阻害され、SAM/SAHや2-HGといったエピジェネティック修飾に関わる代謝産物の産生が減少した。その結果、細胞分化に関わる主要な遺伝子上での転写因子の結合が変化し、Th17細胞分化は抑制され、Treg細胞分化は促進された。

【背景】

  私たちの体を病原体から守る役割を担う免疫システムが異常をきたすと、自分の正常な組織まで攻撃してしまう、自己免疫疾患を発症することがあります。免疫システムの司令塔であるTh細胞は、病原体等の刺激を受けて特定の環境下で異なる特徴を持った細胞に分化します。自己免疫疾患では、Th細胞の一つであるTh17細胞が過剰になり、免疫応答をおさえるTreg細胞が抑制され、T細胞のバランス異常が起きることが病気の原因の一つと考えられています。これまでの研究では、各Th細胞サブセットへの分化には細胞内代謝が関わっていることが明らかになり、研究グループは解糖系などの主要な代謝経路の阻害により分化を抑制できることを報告しました。しかし、これらの代謝経路の阻害は全身に影響を及ぼしうるという問題点があり、臨床応用には詳細なメカニズムの解明が不可欠でした。

【研究手法】

 本研究は、マウス由来の未熟なT細胞をTh17細胞、Treg細胞に分化させ、イタコン酸を添加して分化への影響を調べました。動物モデルとして多発性硬化症モデルである実験的自己免疫性脳脊髄炎マウス*8に対するイタコン酸の治療効果も検証しています。次に、イタコン酸によるT細胞分化制御の分子メカニズムを解明するため、細胞内代謝の評価並びに、網羅的遺伝子?代謝産物解析を行いました。最後に、Th17細胞とTreg細胞の分化に重要な転写因子とそれぞれの細胞を特徴づける遺伝子の制御領域との結合を調べるために、クロマチン免疫沈降法と次世代シークエンサーを用いた網羅的オープンクロマチン領域解析(ATAC-seq)*9を行いました。
 

【研究成果】

 イタコン酸をT細胞の培養液に添加したところ、濃度依存性にTh17細胞の分化が抑制され、Treg細胞の分化は促進されました。また、Th17細胞がその発症に重要とされる実験的自己免疫性脳脊髄炎マウスにイタコン酸を投与したところ、投与していないマウスに比べて、疾患活動性が抑制されました。
 そこで、イタコン酸がどのようにTh細胞の分化を制御しているのかを調べたところ、Th17細胞とTreg細胞の両方で解糖系が抑制されていましたが、細胞内代謝産物についてはそれぞれの細胞で異なる変化が確認されました。Th17細胞では細胞内のメチル化の指標であるS-アデノシルメチオニン(SAM)とS-アデノシルホモシステイン(SAH)の比(SAM/SAH)が低下し、Treg細胞ではその分化誘導に重要なFoxp3遺伝子の発現を低下させる2-ヒドロキシグルタル酸(2-HG)が減少していました。また、その変動には代謝産物を合成する酵素の阻害が関わっていることが明らかになりました。
 SAM/SAH、2-HGはともに過去にエピジェネティクス制御に関わることが報告されており、研究グループは本研究過程でイタコン酸の補充によってTh17細胞の分化に重要な転写因子が減少していないことに着想を得て、遺伝子上の転写制御領域*10において、転写因子の結合度合いが変化していると推定しました。結果、Th17細胞ではその分化誘導に重要なIl17a遺伝子上の転写制御領域で転写因子の結合しにくくなり、Treg細胞では逆にFoxp3遺伝子上の転写制御領域で転写因子が結合しやすくなっていました。つまり、イタコン酸が引き起こした代謝産物の変動がエピジェネティック制御を介して遺伝子のオン?オフを調整し、T細胞の分化を制御していることが示唆されました。
 

【今後への期待】

 本研究の成果により、イタコン酸を用いたT細胞分化の制御が自己免疫疾患の新たな治療法の確立に役立つことが期待できます。

【謝辞】

 本研究は、国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED、課題番号JP20ek0410078h)、公益財団法人北海道科学技術総合振興センター、公益財団法人日立財団、公益財団法人東京生化学研究会、公益財団法人稲盛財団からの支援を受けて実施しました。

【論文情報】

 論文名 Itaconate ameliorates autoimmunity by modulating T cell imbalance via metabolic and epigenetic reprogramming       
    (イタコン酸は代謝?エピジェネティック制御を介してT細胞の偏った分化を是正し、自己免疫を減弱させる)
著者名 麻生邦之¹、河野通仁²*、神田真聡³、工藤友喜¹、崎山広大¹、久田 諒²、狩野皓平¹、上田雄翔¹、中沢大悟²、藤枝雄一郎²        
    加藤 将²、Amengual Olga²、渥美達也²(¹北海道大学新浪体育医学院免疫?代謝内科学教室、²北海道大学新浪体育医学研究   
    院免疫?代謝内科学教室、³新浪体育医学部免疫?リウマチ内科学)(*責任著者)
雑誌名 Nature Communications(総合科学ジャーナル)
DOI  10.1038/s41467-023-36594-x
公表日 2023年2月27日(月)(オンライン公開)
 

【用語解説】

 *1 イタコン酸 … 活性化したマクロファージのミトコンドリア内にある代謝経路(TCA回路)で産生される内因性代謝産物。近年、炎  
 症性マクロファージにおけるイタコン酸の抗炎症効果や、複数の細菌やウイルス(新浪体育含む)の増殖や、感染に伴う炎 
 症を抑える効果が相次いで報告されている。既に食品添加物などの用途で人工的に精製されている。
*2 自己免疫疾患 … 何らかの免疫異常によって自分の体や組織を排除すべき異物のように認識し、自己に反応する免疫システムを構築
 し、自分自身を攻撃する疾患。
*3 Th17細胞 … 免疫の司令塔であるヘルパーT細胞(Th細胞)のサブセットの一つである。Il17a遺伝子を高発現し、インターロイキ
 ン(IL)-17を産生する。過剰なIL-17は複数の自己免疫疾患の病態形成に密接に関与している。
*4 制御性T細胞(Treg細胞) … 炎症やアレルギーの発端となる過度の免疫応答を抑制するT細胞。Foxp3というマスター転写因子を発
 現する。一般にT細胞は免疫系の司令塔として免疫活性化に働くが、制御性T細胞は他のT細胞の働きを抑制性に制御することで、炎症 
 の収束や自己免疫疾患の抑制に重要な役割を果たしている。
*5 解糖系 … 細胞質内にある糖の代謝経路。グルコースをピルビン酸や乳酸などに分解し、細胞のエネルギー源となるATPを産生する
 多段階の化学反応で、各段階には代謝酵素が関わる。
*6 エピジェネティクス … DNAやヒストンへの後天的な化学修飾(メチル化など)を通じて、元々のDNAの塩基配列に依存せずに遺伝
 子発現を調節する仕組み。
*7 転写因子 … 遺伝子の発現を調整するタンパク質。DNA上に存在する遺伝子の転写制御領域に結合し、DNAを鋳型としてRNAが産生
 (転写)される時期や量を制御する。
*8 実験的自己免疫性脳脊髄炎マウス … 麻痺などをきたす自己免疫疾患の動物モデルであり、その発症や進行にはTh17細胞が大きく寄
 与している。
*9 網羅的オープンクロマチン領域解析(ATAC-seq) … ゲノムDNAはヒストンを代表としたタンパク質に巻きついてクロマチンを形
 成している。ところどころ巻きつきがゆるいところはオープンクロマチン領域と呼ばれ、転写因子が結合する転写制御領域などが存在
 する。ATAC-seqは転写因子が結合した際に、その周辺でのゲノム構造の変化を検出して、転写因子の結合のしやすさや、結合する転
 写因子を推定することができる。
*10 転写制御領域 … 遺伝子の上流や下流に位置し、遺伝子の転写を制御する領域(特定のDNA配列)のこと。転写の開始に必要なプ
 ロモーター領域、転写を抑制するサイレンサー領域などが該当する。
 

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